3度目の癲癇(てんかん)発作
2017年5月14日、夕方5時30分。
旦那がアルコールの過剰摂取による3度目の癲癇発作を起こした。
義理の姉一家の住む家での出来事。
数日前から体調不良だった旦那は、食事も2日間ろくに取っていなかったらしい。
3階建ての家の2階の踊り場に佇む旦那。
私は3階から2階へ降りる途中で、旦那に声をかけた。
「パップス」
私は旦那のことをパップスと呼んでいる。
彼は私のことをキッツと呼ぶ。
ブルブルブル。
突如、私を見上げるパップスの、頭のてっぺんから四肢の先まで全身が震えだした。
志村けんのコントのようだった。
何をふざけているのかと思った。
ガクガクガク。
冗談で体を激しく振るわせているのかと思った。
私の方を向きながら、ぐにゃりとした笑みを浮かべた。
つまらない冗談。何が面白いのかわからないが、それは奇妙にコントじみていて、おかしくも気持ち悪くもあった。全身が10センチほど左右上下に揺れている。
何をってるの、と言いかけた瞬間、倒れた。
肩からぐらりと床に崩れ落ちた。
私の他に、高校生の甥っ子、義理の母もちょうど近くにいた。
「パップス、パップス!」
何がなんだかわからずに、皆彼の元へ駆け寄る。
パップスは目を閉じて、泡を吹いている。
体はまだ痙攣している。
私は瞬時にパニックに陥った。
癲癇発作?!
なぜ?!
彼はもうお酒は飲んでいないはずなのに!
脳梗塞?
それとも他の病気?!
神様を信じているわけではないのに、
「Oh my god、Oh my god!!」
と、私は繰り返し叫んでいた。
バカの一つ覚えのように、それしか言葉が出てこなかった。
職場からちょうど帰宅したばかりの義理の兄が駆けつける。
義理の姉も現れた。
「救急車を呼んで!救急車を!」
義姉が叫ぶ。
義理の兄が携帯で911へ電話すると同時に、私たちにテキパキと指示を与える。
「枕を持ってきて、体を横向きにして」
義兄は獣医で、動物のERで働いている。人間の救急隊員の経験者でもあった。
数分で救急隊員が現れた。
脈を図り、彼の病歴を確認する。
この時はまだ、この癲癇発作がアルコールによるものかはわからなかった。
しかし私は前回の癲癇発作も目撃している。正確な時期がとっさに思い出せなかったが、過去にも倒れていることを伝えた。
これはきっとアルコール摂取による癲癇発作に違いない。そう思ったが、定期的な飲酒は辞めたはずなのに何故今発作が起きるのか、不思議でならなかった。
続いて救急車も到着し、車で30分ほど離れたところにある総合病院へ運ばれることになった。その頃には旦那の意識は戻り、なんとか立ち上がることも出来るようになっていた。
救急隊員に肩を担がれながら、ふらふらと階段を下りるパップス。
救急車の中ではベッドに横たわり、退院と状況整理のために話をしている。
同行できる親族は一人のみということで、妻である私が救急車の助手席に乗り込んだ。
『またか……』
アメリカで救急車に乗るのは2回目だ。両方とも助手席で、2回ともパップスが倒れたために起きたことだった。
涙がにじみ出た。
救急車を運転する隊員は、涙を手の甲でぬぐいさる私に気付いていないのか、気付いていても興味がないのか、特に私に声をかけることもなく、淡々と車を走らせる。
窓の外に広がる、のどかな田舎の風景。
これが俺の日常だと言わんばかりに、黙々と目的地を目指す救急隊員。
私は段々冷静になってきて、鞄からガムを取り出した。
運転席の退院に、ガムはいりますか?などと声をかけてみる。いらないと言われ、私は一人でガムを食べた。
病院は綺麗で新しかった。
前回緊急搬送された病院は、JFK空港の近くで、小汚く荒々しい病院だった。
そこと比べると、ここは落ち着いている。
担架で救急病棟の個室に運ばれる。医者や看護師がすぐに現れ、脈を図ったり搬送された経緯を隊員から引き継いでいる。
医師と看護師は、私にも旦那の病歴を確認する。
この発作は初めてではないこと。
過去に2回癲癇発作が起きており、時期がいつだったかを話した。
救急車の中で、薄れた記憶を呼び起こし、倒れた時期を確認しなおしていたから、今回はちゃんと伝えられた。
呂律の回らない舌で、何が起きたのか私に問う旦那。
発作の後で、まだ記憶が混濁している。
げっそりと頬のこけた顔。
ぼさぼさで水気のない髪の毛。
道端に捨てられた子犬のように、不安そうに周りを見渡す緑の瞳。
心臓を鷲掴みにされたような痛みが起きると同時に、昨晩はちゃんとシャワーを浴びたのか、無精ひげのせいでみっともなさが増している、などと考えてもいた。
携帯電話(*)を取り出し、義姉へ連絡する。
テキストを打つ自分の指が少しだけ震えていた。
アルコール依存症でもないのに、私も手が震えたりするんだと、不思議な気持ちになった。
旦那の3度目の癲癇発作。
怖かった。
ぐにゃりと崩れる顔。
異常な激しさで痙攣する体。
あんなパップスの姿は2度と見たくないと思っていたのに、また見てしまった。
悲しかった。
*NYの病院内では携帯電話の使用は許可されています。